ジミ・ヘンドリックスの「Mind Tree」（２）- 下層階級の黒人教会では、ギターやハーモニカなど＜世俗の楽器＞が使われていた

下層階級の黒人教会では、ギターなど＜世俗の楽器＞が使われていた

▶（１）からの続き：ジミは、ドロシー伯母さん（母ルシールの姉）に連れられて行った「神とキリスト教会」で、賛美歌をよく歌いました。別の教会の「ペンテコスタル教会」はジミのお気に入りの場所だったようです。「教会」と「ジミ・ヘン」とはイメージが結びつきませんが、じつはこの教会は少年期のジミの音楽への興味をもの凄く高めるのです。それは聖なる空間に、ギターやハーモニカ、タンバリンといった＜世俗の楽器＞がもちこまれ、さらに毎週のように新しい音楽が取り入れられていたのです。なぜそうしたことがおこなわれていたかといえば、「ペンテコスタル教会」は下層階級の黒人のための教会だったため、神聖な音楽や踊りといえども、なるべく大勢の人々に伝わるよう、そして教会に足を運んでくれた人々を楽しませるために演奏は人々の好みを取り入れてなされても構わないという考えだったのです。バプティストやメソジストの教会ではありえない光景が繰り広げられていたのです。音楽や踊り（ダンス）に敏感なジミが楽しくないわけがありません。
ジミは音楽だけでなく、スポーツのセンスも抜群でした。小学校時代も中学時代もずっとフットボール・チームでレギュラーをはっていました。チームはジミの他、日本人や中国人、フィリピン人、プエルトリコ人ら人種の混合チームで、どんな対外試合でも負けませんでした。

９歳の時、離婚。兄弟は父に引き取られるが、母の方がみな好きだった

ジミ９歳の時（1951年）、両親の離婚が正式に離婚します。アルがジミー、レオン、そしてジョセフの３人とも引き取りました（離婚が成立する前に、ルシールには別の男との間にさらに２人の子供を生んでいる）。一番下のジョセフはすぐに養子に出されました。別れた後も母ルシールは夜中、付き合っている男の腕にもたれかかり酒を片手に、子供たちに会いにきました。このあたりジョン・レノンの母ジュリアとよく似ていて、情熱的ですがその裏表で感情の向くまま行動してしまうタイプです。ジュリアもジョンを姉のメアリー（ミミ叔母さん）に預けっぱなしにしながら気が向くとかなり頻繁にジョンに会いに来ては歌やバンジョーを教えたのだ（その間に、ジュリアは別の男性と３人の子供を産んでいる）。ジミとレオンは母ルシールに会ってはいけないことになっていましたが、２人でよく母の家に行っていました。２人とも父といる時よりも母といる時の方が楽しかったのです。けれども、ルシールは子供たちに愛情をたくさん注ぐとまた何カ月も姿を消してしまうのです。
父は生活に困ると、レオンを何度も他家（金持ちの黒人家庭）に預けたりていました。７つもの家庭に出されその度に一日おきにジミは弟に会いにいっています。ジミは弟思いでした。弟が何度も家から出されてしまう辛さと不安は、ジミの性格をあきらかに変化させていきます。ジミから弾けるような明るさはすっかり消え、感情をあらわさなくなり内向的になっていきました。そして吃音を患うようになり、それが治らなくなります。
離婚後、父アルはアルなりに男手一つで子供たちの面倒をみ、頑張って育てていましたが、生来のギャンブル好きがたたって稼ぎは目減りするばかり。掃除夫、製鉄所、市場、ガソリン給油などなんでもしていましたが（肌の色の障壁でよい仕事がなかなか見つからなかった）、稼ぎは不安定で時々電気は切られ、夕食は馬肉のハンバーガーだけだったりしました。アルは仕事に入ると家を空けることも多く、ジミはよく知り合いの家に寝泊まりさせてもらっていたといいます。結局、ジミは落ち着いて暮らせず中学も何度も転校していました。

８歳、箒（ほうき）を手にギターを演奏する真似事をしはじめる

ジミは８歳の頃から、箒（ほうき）をギターのように手にもって演奏する真似事をしはじめます。これは楽器を買う余裕のない家の子供がしばしばやっていた遊び方ですが、ジミは「壁の糸」という自家製の楽器までつくることはありませんでした。「壁の糸」とは、B.B.キングやエルモア・ジェイムスらミシシッピのブルース・シンガーたちが子供の頃、箒の柄に針金をくくりつけそれをビンビンに張って家の壁に届くまで伸ばし音を出す昔ながらの方法です。ジミは箒ギターを学校や近所と何処に行くにも持ち歩きたがる方だったので、「壁の糸」で音を出すよりも「くちギター」で音をつけていたのです。それに箒に針金を通したり変形させると、父が口うるさく怒ったためでもありました。一年中、箒を持ち歩いているジミの様子を見た人たちはこいつは頭がおかしいんじゃないかとおもったようです。
また、その様子を見ていた小学校の民生委員も、このままほおっておくと精神的な傷痕（トラウマ）になるので学校の基金でジミにギターを買い与えてやってはと校長にかけあうほどでした。ある日、ジミは弦のない古いウクレレを手に入れ、掃除夫をしていた父が見つけてきた弦をウクレレに取り付けました。ジミのウクレレ「ギター」から、ジミが夢中になっていたヘンリー・マンシーニの「ピーター・ガン」やミッキーとシルヴィア「ラブ・イズ・ストレンジ」がさっそく奏でられました。この曲中に、ブルースの「ギター・ソロ」がありました。しかも男女の語らいが歌詞ではなく、「ギターの音色」でなされていて、女の誘いに、男は「ギター」の音で応じるのです。ブルースの「ギター・ソロ」など、まだ珍しい時代で、ジミはそのサウンドに心身を突き抜けるものを感じたようです。

父のポーカー仲間からギターを獲る。プレスリーに夢中になった15歳

ジミは父アルのポーカー仲間がギターを持っていることに気づきます。ジミは賭け事がはじまると、そっとそのギターを持ち出して爪弾いていました。ある晩、酔っぱらった持ち主がそんなに好きなら５ドルでギターを売ってもいいと言ったのです。しぶった父を伯母さんが責め払わせました。ついにジミは自分の「ギター」を手にしました。最初はジミが左利きだったことと、弦のチューニング方法を知らなかったので唖然としたようですが、すぐに克服し、ジミは四六時中ギターに触っては弾いているようになります。
その後、10代の初め頃、友達がもっていたベースやドラムに一時浮気したことがあったようですが、15歳の時、再び「ギター」しか見えなくなります。15歳の時、ジミはシアトルのシックス・スタジアムでつめかけた１万5000人のファンのなかのひとりとしてエルビス・プレスリーを体験しています（1957年９月１日）。その頃ジミはプレスリーの虜になっていて、とくに新曲の「ラブ・ミー・テンダー」に夢中になっていました。そしてプレスリーのステージを見た同じ年、ロックン・ロールのスターのリトル・リチャードがキャデラックに乗っている姿を見たのでした。リトル・リチャードは人気絶頂期に突然音楽業界から引退しバプティスト教会の牧師になる前にシアトルにいる母に会いに来ていたのです。どうやら偶然にも、リトル・リチャードの母がその時、ジミの暮らす界隈に住んでいたようです（リトル・リチャードはジョージア州生まれ）。５年後にリトル・リチャードは復帰しますが、ジミはその頃、リトル・リチャードのバックバンドのギタリストになっています。ちなみに1962年のリトル・リチャード復帰コンサートの前座がビートルズでした。
ジミの内で、ギターの音は、自身の「マインド・ツリー（心の樹）」が放つ音そのものになります。ジミが弾（はじ）くギターの音はジミの内なる声だけでなく、躍動する身体が放つ音でもありました。また、少年期のジミの「マインド・イメージ」に描かれていた惑星や宇宙の「絵」も、すべてギターの音に「変換」されていきました。無論たちまちにそうなったわけではなく、ラジオやレコード、コンサートなど、さまざま音源からジミは音楽を吸収していったのです。近所に住んでいた往年のカントリー・ブルース・メンにもしょっちゅう会いに行き、テクニックを授かっては絶えず練習し、ギターを自分のものにしていったのです。ジミは努力家でした。否、ギター・プレイになるとどんなに困難なことでも辛抱強く繰り返し学習することができたのです。
それはまさに音楽が、ギター・サウンドが、ジミの「心の樹」に直接つながるものだったからに相違ありません。ギターはギタリストの映し身と化します。「心の樹」を映し出すような”もの”や”こと”は、本人にとって苦労は苦労でなくなるのです。そして「木」が縒（よ）られつくられた「ギター」は、それを奏でる者の感性とバイブレーションを一番近くで＜木霊（こだま）＞する聖なる装置なのです。▶（３）に続く

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