ミヒャエル・エンデの「マインド・ツリー(心の樹)」(1)-画家の父の影響と方法

幼少期にエンデの作品の背景のすべてがある

ファンタジー物語『モモ』や『鏡のなかの鏡』などを生み出したミヒャエル・エンデの「マインド・ツリー」を感じてみれば、きっとミヒャエル・エンデの創作の秘密に出会うでしょう。一つには、ルイス・キャロルもそうですがファンタジーを創作するまでには楡の樹の根っ子のように、いろんな契機や養分がゆくゆくの一つところのファンタジーの「幹」となっていかなくてはならないからです。ファンタジーという物語には様々な要素が星座のように布置(コンステレーション)されますから、根っ子も無意識・意識の心の土壌の中を縦横無尽に張られていなくては早々に生み出せるものではないからです。ミヒャエル・エンデの「マインド・ツリー」の大きな”土”(壌)は、「父親」と「サーカス一座」「ミュンヘンでの芸術的環境での暮らし」、そして吹き付ける”風”は「学校」と「劇作家ブレヒト」、”水”は母と恋人、”火”は「絶望の中、想像力の中での冒険心」であろうか。エンデの作品は、幼少・少年期の体験が「鏡」のように反映されています。


ミヒャエル・エンデは、1929年11月12日に南ドイツのミュンヘンのさらに南方オーストリアインスブルックにほど近いバイエルン州ガルミッシュ=パルテンキルヒェンに誕生しました。父エトガル・エンデは初期シュールレアリスム画家。9歳年上の母ルイーゼはレース編みとアクセサリーの店を開いていました。エンデ2歳の時、母の店が経営不振になりミュンヘン郊外のパージングに引っ越しますが、その土地は自然環境に恵まれエンデは森や羊が群れる牧場を走り回っていたいたようです。エンデ3歳の時、父の絵が少しづつ売れだし経済的に少し安定します。父は中国や日本の画集を幾つももっていて、エンデはずいぶん幼い頃から中国や日本の絵画を見て育ちました。
この頃から毎冬になるとエンデは小さな楽しみを持ちました。家族的経営の小さなサーカス一座が巡回中、エンデの隣の家に寝泊まりするのですが、近所の子供たちとともに手品やピエロのメーキャップを教えてもらえたのです。後に作品『サーカス物語』や『鏡のなかの鏡』、詩集『夢のボロ市』を生み出す体験となっています。もちろんエンデのことですから体験した現実をそのまま映し出したものではなく、童話のスピリットによって普遍化した上でのことですが。

経済的困窮の中、心の中に闇が広がる

エンデ6歳の時、一家はミュンヘン市内シュバービング地区(ドイツのパリとでもいう場所で貧しい画家たちが大勢暮らしていた)に家賃の安いアトリエを見つけ移り住みます。その場所でエンデは父の友人や周りの芸術家、詩人たち、音楽家や彼等の子供たちに囲まれ暮らします。この日常的な芸術的空気はエンデの感性の土壌をさらに準備していきました。ところが、翌年からエンデ一家、エンデの心は暗転します。父はナチス文化政策に反抗し、エンデ一家は経済的に追い込まれ、エンデの心の中で闇が広がっていきまます。家族の親密な世界とは対照的な外界の邪悪の世界に対し違和感をもつようになり、学校生活は苦痛になりだします。もっともエンデ家のDNAなのか、父も学校嫌いで絵やデッサンばかり描いていたこともあり、父は息子の変化など屁とも思わなかったでしょう。

スピリチュアルな芸術世界を探求した父エトガルの影響

ここで父エトガルのことについて少し触れておきます。エンデの「マインド・ツリー」は、父エトガルの精神的・芸術的土壌にもしっかり根ざしているからです。父は14歳の時に室内装飾画家見習いをとっかかりに美術と精神世界の様々な領域を探求してきた人物でした。神話、宗教、哲学、神秘主義、オカルト、心理学、化学を探求するため、一歳違いの弟や友人たちと秘密サークル「白鳥」を結成しています。シュタイナーやユングヤコブベーメノヴァーリスドストエフスキーストリンドベリヘルダーリン、そして象徴主義の詩人アルフレート・モンベルトらの著書を読み込んでいました。ハンブルクの美術学校で彫刻を専攻し、後にアーチストとして次第に美術界で名を知られるようになっていきました。エンデ2歳の時に、父はイタリア旅行を敢行しシュールレアリスムの先駆者キリコの形而上学的にして魔術的、そして超現実的な絵から大きな感銘を受け、新たな境地に突き進んでいきました。
また父の絵の創作方法も、後のエンデに大きな影響を与えます。アトリエを暗くし外界の感覚を遮断し無意識状態で潜在意識の水脈まで降り、霊感を待ちます。何時間も(時に1日以上)座っていると動く画像が現れ、これだとひらめいたイメージをスケッチし、後に絵を描く段になった時に多くのスケッチを元に絵を描くという方法でした。また多くのシュールレアリストと異なり霊的存在を確信していて、そのことについて息子たちとも語りあったといいます。
◉少年期:Topics◉はエンデ7歳の時、父エトガルは迫りくるナチス文化政策「帝国文化会」の会員になることを拒否。「頽廃芸術」の烙印を押され芸術活動の停止処分を受ける。絵具の購入券の配給も無くなり美術館・画廊の展示品も没収さ経済的に逼迫。母はマッサージと医療体操を習得し家族を養う。父、憂鬱症に罹り困窮の中で両親がいがみあうようになります。▶(2)へ続く

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starsよくわからなくても次の章に進んでみて!
starsこの作品については好き過ぎてあまり客観的に語る言葉を持たないのですが、、
stars夢の直接的な描写としか
starsおそらく、この本の中にこそ自らの居場所を見つけてしまうひとも・・・
stars普通の面白いファンタジー

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