フィリップ・K・ディックの「Mind Tres」(2)-小説『オズの魔法使い』の発見とクラシック音楽

カフカプルースト、パウンド、そして「ユリシーズ

▶(1)から続く:11歳の時、母とディックはバークレーに戻りました。そこでディックは小説『オズの魔法使い』を発見しました。ディックはその中にとてつもない”自由な空想の世界”があることに気づき、魔法の世界の虜になります。書店を巡り魔法の本をあれこれ探している時でした。偶然にSF雑誌『スターリング・サイエンス・ストーリーズ』を手にとります。最初は魔法とは少し異なる種類の世界だと感じ、すぐに入りこむことはなかったのですが、翌年はじめて『スターリング・サイエンス・ストーリーズ』を購入します。これがディックにとってサイエンス・フィクションの広大な世界の扉でした。ディックの”魂の球根”が膨らみはじめました。
ディックは高校に入学する頃には音楽にはまり込み、バークレーレコード店で働きはじめます。「外の神」の世界からやってくるような音楽(とくにクラシックやオペラ)は、水を吸収する砂のようにどっとディックの内に流れ込んでいきました。「外の神」の世界に”心の樹”が触れ得たことで、うずいていた内面世界が魔法のごとく密に広がっていきました。一時期忘れかけていたものを書くことの喜びに再び気づきます。この頃には、いったんSFは読まなくなっていましたが、レコード屋で働きつつも、カフカプルーストからエズラ・パウンドドス・パソスジョイスの『ユリシーズ』など現代文学や古典文学をむさぼり読み、あてもなく小説を書いていきました。
また高校生の時はじめて哲学に関心をもちました。すべての空間は同じ大きさであり、大きさが違うのは空間を包んでいる物理的な境界だけであることを知ります。因果律は観察者の知覚によるものであり外部現実の所与ではないと。在籍したカエイフォルニア大学バークレー校では、プラトンを読まされる。知覚できる世界の世界の彼方に形而上の領域があることを知る。感覚データの与えるリアリティに絶望し、小説の中で作中人物の知覚系統が伝達する世界のリアリティを問題に。

最初のシンクロニシティ:魂のビッグバン

そして最初のシンクロニシティが起こりました。ディックはラジオでクラシック音楽を聴くのを習慣にしていました。ある日、聴いていた地方局のクラシックの声楽のパーソナリティーが、SF界で有名なトニー・バウチャーだったのです。そのバウチャーがディックのレコード店に足を運んだのです。ディックはバウチャーとあれこれ話しました。ディックの魂が弾け飛びました。その頃ディックは将来はレコード店のオーナーになろうとしていたのです。しかし今、目の前にいる人は、SF作家でありながら音楽をも知悉している本物の教養人です。ディックの夢はワープしはじめ、人生のプランを再編成しはじめました。

創作教室を受講、短編の幻想小説が評価される

バウチャーが週に1度自宅で創作教室を開いているのを知り受講することになり、これまでに書いたものをバウチャーに読んでもらいました。そして小説はダメだが短編の幻想小説に金銭的価値があると評価されたのです。ディックの”魂の幹”は天界の声に導かれるように立ち上がり、猛然と短編の幻想小説とSFを書きはじめました。光が降って来る方向がはじめて分かったというような感じだったのでしょう。ディックの「マインド・ツリー」”はぐんぐん伸びていきました。
22歳の時(1951年)、最初の短編がバウチャーが編集していた『F&SF』に掲載されます。その後、SF雑誌に投稿を続けていると、つぎつぎと短編を買ってくれるところがあらわれました。ディックは急遽レコード店を辞め、毎日朝4時までSFを書きだしました。すると1カ月もしないうちに有名な『アスタウンディング』誌と『ギャラクシー』誌に短編が売れ、その稿料もかなりよかったためSF作家となって身をたてようと目論みだしました。

◉青年期:Topics◉ディックの別の記憶では、最初に掲載された商業誌は「プラネット・ストーリーズ」で、その時の短編は「かなたにウーブ横たわりて」だった。原稿料は$15。ディックは高校時代のレコード店でのバイトをしている時、様々な音楽について勉強をした。とくにクラシックではどんな交響曲やオペラでも識別できるようになり上司に見込まれ、レコード専属の上級店員に昇格。この間、SFのことは忘れ去っていていたが書くことは好きで文学作品を継続的に書いていた。サリンジャーが若くして掲載された「New Yorker」誌に売り込んでいたが作品は売れなかった。読書領域は増える一方で、上記以外には例えば、パスカルの著作やクセノホンの『小アジア遠征記』などの古典も含まれた。


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starsディックの本でいちばん好き
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