フィリップ・K・ディックの「マインド・ツリー(心の樹)」(1)-貧困とカウボーイとマンガ

「21世紀の大作家」とも呼ばれるディックの「心の樹」へ

映画『ブレードランナー』の原作『アンドロイドは電気羊の夢を見る』や映画『トータル・リコール』の原作、そして『高い城の男』『ユービック』『偶然世界』『火星のタイムスリップ』『流れよわが涙、と警官は言った』『ヴァリス』『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』『シミュラクル』『あなたを合成します』『戦争が終わり、世界の終わりが始まった』など数多くの傑作SF(SFのジャンルを超えているものもある)を生み出したフィリップ・K・ディックは、従来のSF(Science Fiction)の分野だけでなく、死後、幅広い分野から再評価がなされています。時に米国文学史上もっとも想像力に富んだ才能の持ち主と語られれば、ジャン・ボードリヤールにも最も偉大な実験作家だと評され、かの故ティモシー・リアリーにも「21世紀の大作家」とまで言わしめたほどです。「マインド・ツリー」プロジェクトは、そんなディックの”想像する樹”を見逃すわけにはいきません。

世界大恐慌の余波、両親離婚、母、知人の家を泊まり歩く

ディックはどのようにして大実験作家になっていったのでしょう。彼は必然的にSFの大作家の道に向かったのではありませんでした。それではいったい何がディックをディックたらしめていったのか、俄然気になってきます。
フィリップ・K・ディックは、1928年12月16日にシカゴで誕生しました。ディックが生まれた翌1929年には世界大恐慌が勃発し、ディック家は貧困生活に陥り、サンフランシスコの対岸バークレー地区にある母の両親の家(古くて陰気な家だった)に移り住んでいます。今日の経済危機下の状況と近似しています。おそらく仕事もなかなかなかったのでしょう。父はアメリカン・フットボールにのめり込むばかりで家庭がつねにぎくしゃくしていました。両親はディック5歳の時に離婚します。この頃、ディックはカウボーイ・カルチャーに入れ込み、いつも歌を聞きカウボーイの衣装に身を包んでいたようです。そしてもう一つ、マンガが大好きになり、カウボーイとマンガの世界にディックは住んでいるようなものでした。大概の子供がそうですが、大恐慌といっても「不況」という言葉や意味など知る由もなく、母がいつもお金に困っている姿を見る以外は、なかなか楽しい子供時代だったといいます。
経済的に困窮するばかりの母は、夫と別れた翌年、ディックを連れワシントンDCに向かい、母の友達の家を泊まり歩くようになります。しかし転々とする放浪生活のようでゆっくり休まることもできず(ディックの言葉では「心がねじ曲がってしまった」)、ディックに情緒障害の症状がではじめてしまいました。小さな”根っ子”が根づこうとする土壌が知らないうちにころころ変わってしまうわけですから無理もありません。小さな”根っ子”は周囲の環境を映し込みながら、相互作用しながら伸びていくのですから。

情緒障害の症状、詩人になる夢

7歳の時、食べ物を口にするのに脅えを覚える「情緒障害」の症状をみせはじめました。母はディックを情緒障害の子供を収容する学校に入学させます。が、学校側はディックを扱いかね体重も減る一方だったようです。ディックが詩を書きだしたのはこの頃でした。ナイーブだったディックは、保護者観察日に読んだ詩が皆に絶賛されたこともあり、将来は詩人にろうと夢見ます。この頃ディックが夢中になっていたものは以下のものです。ビー玉、フリップカード、ボーローバット、チップ・トップ・コミックス、キング・コミックス、ポピュラー・コミックス。そして毎週少しばかりもらっていた小遣いで、キャンディーやチョコレート・バー、ナツメ・ゼリーを買っていました。この時期の子供としてはいっけん何ら変わりのない子供でもありました。
幼い魂は、予想もしない発達をするものです。この酷い生活状況のなかであっても、ディックはコミックス好きになり詩を書くようになっていました。母は以前から作家になろうと時間をみつけては小説を書き続けていたようなので、そんな母の影響を受けたのでしょう。結局、母はもの書きに挫折しますが、ディックにはものを書くことの素晴らしさを教えました。外的環境が不足ならばと、ディックの魂が少しの水を求めるように這い出そうとしたのでしょうか。ただ、コミックスを読みだし文章を少し書きはじめたとはいっても、当時の幼少の子供としては特段目立つものではなかったようです。

◉少年時代:Topics◉

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