ドストエフスキーの「マインド・ツリー」(1)- 幼さない頃に育まれた「大地感覚」と母が導いた「宗教観」

幼年・少年期の環境がドストエフスキーの感受性を生み出した

罪と罰』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』『白痴』『地下室の手記』など、ドストエフスキーはどのようにして20世紀文学の数々の名作を生み出しえたのでしょう。ドストエフスキーの”心の樹(マインド・ツリー)”にはどんな特徴があるのでしょうか。まずはドストエフスキーという「大樹」が生え育まれた土地を確認してみます。
 フョードル=ミハイロヴィッチドストエフスキー(以下青年期までフォーストネームのフョードルで表記)は1821年、モスクワの場末にあった帝立モスクワ救貧養育院付属聖マリア慈善病院で誕生しています。周囲は今でも古い木造家屋が立ち並んでいるうらぶれた場所です。こうした記述からまたデビュー作『貧しき人々』のイメージから、ドストエフスキーは貧しい家庭に生まれ落ち、幼少期を歩んだ、と思われがちですが、じつはまったくちがいます。軍医仲間を通して知り合ったマリアと結婚し子供もできていた父ミハイルは、安定した生活を望み移動の多い軍医を辞め聖マリア慈善病院の医師になります。それがフョードルが生まれたちょうど同じ年だったので、自身医師として勤務している聖マリア慈善病院でマリアがお産をするのは自然な流れだったのでしょう。しかも父ミハイルは優秀な医師で、帝国医学アカデミー医学部モスクワ分校に入学していて1812年のナポレオンのロシア侵攻にともなう医師不足を補うため緊急に軍医として前線に駆り出されていたというのが実情で、聖マリア慈善病院での秀でた勤務成績に聖アンナ三等勲章、後に六等官になり奨励金も受給しているほどの優秀な人物です。その事実を別な見方では、僧侶の家に生まれ神学校に通っていたが聖職に就くことを望まなかった父が母に同意は得たものの15歳の時に家を飛び出した経緯があり、祖父を見返すために強い上昇志向と努力で蓄財し、モスクワで成功したかったというものです。ただそうした父をドストエフスキーは後に、父は進歩的だったと語っています。 

父は村ごと領地にするほどの成功者だった

 フョードルが10歳の時には、父ミハイルはモスクワ南方のダローヴォエ村を領地としています。また翌年にはその隣のチェルマーシャニ村(農奴が100人、500ヘクタールの広さ)も購入しているほどです。今の感覚ではよく分かりませんが小さくとも村ごと領地にしているほどですから時に指摘されているようにフョードルがモスクワの中流家庭の環境で育ったと簡単にはいえないでしょう。というのもフョードルはこれらの村で、多感な10歳の時から6年にわたって夏を過ごし広大な大地と自然は少年フョードルに深い体験と印象を与えることになったからです。フョードル兄弟は当時西欧やロシアの子供たちの間でも流行っていた「ロビンソン・クルーソーごっこ」や「野蛮人ごっこ」をして遊び、後年のフョードルの「大地感覚」を育て、フョードルの”心の樹(マインド・ツリー)”の豊穣な土壌となります。

父、子に影響を与えたナポレオン・ボナパルト

 父ミハイルと子フョードルの両者に”風”のように影響を与えたのは、ナポレオン・ボナパルトでした。父ミハイルが軍医となったのはナポレオンのモスクワ遠征(ロシアでは「祖国戦争」という)があったためで、また子フョードルはナポレオンが南大西洋の孤島セントヘレナ島で亡くなった年に誕生し、後年、自分の筆跡はナポレオンに似ていると誇らしげに語っています。父ミハイルが二つの村を領地にしたのは、敵方ではありましたが次々にヨーロッパを属国にしていった英雄ナポレオンの影響があったのかもしれません。

母を中心にしたドストエフスキー家の宗教感覚

 自然環境とは別の側面を忘れるわけにはいきません。フョードルがまだ幼少だった頃、乳母たちは子供たちにお伽噺『火の鳥』や『青髭』『アリョーシャ・ポポーヴィチ』を語って聞かせてくれています。フョードルたちは『聖書からとった104の物語』(ヒューブナー)から読み書きを習いました。それは母マリアの考えで、ドストエフスキー家では母を中心にキリスト教の宗教的空気が濃厚に醸成されていたのです。毎年の初秋の聖セルギイの日には、母に連れられ5日から6日もかけ三位一体寺院に巡礼の旅をするのが習わしでした。後の工兵学校時代に他の学生たちがドストエフスキーのあまりの宗教的たたずまいが奇異なものに映り、時に変人扱いされたりしたのも幼い頃からの母の強い影響からでした。<「Mind Tree」でドストエフスキーの”魂の樹”にふれると、さらに読書が深く楽しくなります>

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