アンデルセンの「マインド・ツリー(心の樹)」(3)-童話創作は自らの内面を見つめる作業だった

詩を書く-自身の内なる”樹”を見つめ直す

▶(2)のつづき:アンデルセンはイタリアへの旅から戻り『即興詩人』を書きあげます。イタリアを舞台にしながら主人公には自身が人生で味わってきたことのすべてをロマンチックに仮託させています。スペイン階段の物乞いはアンデルセン自身の祖父を、苦しかったラテン語の授業の先生や、その多情な妻、声がつぶれた歌姫の運命など、アンデルセンは自らの”根っ子”の部分から土面を食いやぶって芽を出し、なんとか頼りない若木となるまでの自らの内なる樹を見つめ直したのでした。29歳の時に出版した『即興詩人』は、何カ国語の翻訳もでて、世界にまだ数少ない青春文学として世界に知れ渡ることになりました。日本では、明治25年(1892年)に森鴎外が訳し雑誌に連載され単行本になるとベストセラーになっています。正宗白鳥も近代日本を代表する青春文学として激賞したように、アンデルセンは日本人にとって童話作家ではなく、青春文学の作者として紹介され知られていました。明治・大正時代にイタリアを訪れた人は必ずこの書籍を鞄にしのばせていたようです。それは日本だけの現象でなく海外でも同じだったそうです。本国デンマークでもこの本が評価され、これまでの拙速の内容が不評を被ったアンデルセンは大いに見直され、作家としての地位が確立することになりました。燦々と光を浴びることができたイタリアへの旅は、アンデルセンの”魂の樹(マインド・ツリー)”を育むのになくてはならないものだったのです。

詩と童話集を並行して書いていた理由

そして興味深いことに、自らの”魂の樹”を見つめ直し『即興詩人』を書くのと並行し、アンデルセンは童話を書きだしています。『即興詩人』は、上へ上へと自我を追求するのではなく、自己の”根っ子”を見つめる作業で、幼い時に父や祖母から昔話を聞いていたのが強く思い出されていたにちがいありません。同書が出版された翌月に童話集『子供のための童話集』が刊行されました。「小クラウスと大クラウス」などはそうした昔話の再話に近いものから、「豆つぶの上に寝たお姫様」のように原話をベースにしながらもかなり自由に創作した童話も載っています。”根っ子”や土壌から栄養をしっかり大量に吸い上げることができたアンデルセンの”魂の樹(マインド・ツリー)”は、ここにきてようやく自在で自然に伸びてゆく術を「発見」したのでした。

不思議に満ちた現実世界-「近代童話」の発見!

そしてその「発見」は、「近代童話」の発見でもあったのです。これまでの童話のように必ずしも魔法使いや王様やお姫さまがでてこなくてもこの現実の世界は不思議なことに満ち溢れていて、子供もそこに喜びを見いだすことをアンデルセンは体験的に知っていました。「イーダの花」には、自然に咲く花と少女しかでてきません。子供たちとのつきあいからアンデルセンはそれでも子供たちは生き生きとした自然の不思議さや喜びを見いだす能力があると感じていたのです。
そしてこの時期に起こっていた「自然に帰れ」という浪漫思潮が、近代童話の地盤をつくりだしていました。子供は未成熟な大人でなく大人とは異なる独自の存在で毒されていない純真な可能性の存在としてみられるようになってきていたのです。ただ、まだまだ童話観が成熟していなかったため、評判高かた『即興詩人』に比べると、『子供のための童話集』は予想以上に不評で、アンデルセンは童話創作を断念してしまいます。ところが小説を書いていると不思議に童話が書きたくなってきて書いていたようです。そして田舎を訪れた際、子供だけでなく大人も自分の童話を読んでいて評判になっていることを知りました。自信を回復した後に書かれたのが、名作『人魚姫』でした。

◉童話:Topics◉アンデルセンの昔話に対する方法はグリム兄弟の方法とはまるで異なっています。グリム兄弟の方法は民間に長らく伝えられてきた話を通じ民族の精神や風俗、信仰を知ろうとした(民俗学的)が、アンデルセンは詩人の立場であったので新しい時代と考えが合わないことや、表現の足りないとおもった所は自由に書き換えるほうが好ましいと考えました。代表作の一つ『野の白鳥』などは題材が潜在的に含んでいるものを展開させ、はなやかで浪漫的ドラマに仕立て上げています。昔話の再話の域をはるかに越えた話になっていて創作童話ともいえるものになっています。『イーダの花』では人間が寝静まってから庭の花たちが舞踏会を開くさまを描いていますが、それはごくふつうの少女の生活と夢が描かれているだけで一篇の童話になっています。それは必ずしも魔法使いや王様・御姫さまが登場しなくてもこの現実の世界は不思議なことに満ち溢れ、子供もそこに喜びを見いだすことを体験的に知っていたからだったようです。それが「近代童話」の発見につながり、アンデルセンは「新しい童話の生みの親」とされる理由であります。


二度の手痛い恋愛の経験で女性にもてない人間だと痛感させられ自分一人で立っていくことを決意し、創作の仕事に打ち込む。「人魚姫」「皇帝の新しい衣装(裸の王様)」などが入った第三作(1837年/32歳)はアンデルセンの童話に懐疑的だった人を納得させる内容のものであった(子供向けのやさしい童話の中に、人生の深い真実をこめられることに皆驚く)。童話の地位は高まり独自の文学ジャンルとして確立する。
アンデルセン童話の特質は、童話をたんに子供の読み物と考えずに、自分が人生で経験したすべての悩みや喜び、貧乏の苦しみ、恋の悩み、死の問題、時に人生への懐疑や信仰の問題まで、自身の魂の「樹」のすべてを書き込んだからである。痛切な人生味を感じさせるものに「人魚姫」「モミの木」「みにくいアヒルの子」「ある母親の物語」「あの女はろくでなし」「赤い靴」「いざり」がある。子供には理解困難とおもわれる文明批評的作品に「水のしずく」「千年後には」「ドリアーデ」「新世紀のミューズ」「白鳥の巣」がある。童話はアンデルセンにとって文芸のあらゆる領域を覆いうる幅広いものだった。市民階級勃興期の明るい人生肯定とヒューマニズムがある。自ら逆境に育ったものとして貧しく虐げられた人々への同情がつらぬかれている。文体的にも、素朴なもの、無邪気なもの、甘美でロマンチックなもの、荘重なもの、機知に富んだものまだ自由に使いこなしている。

アンデルセンの「Mind Tree」に通じれば、アンデルセン童話がぐんとみじかに。「近代童話」の真実がここにあります>

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