スティーヴン・キングの「Mind Tree」(2)- 屋根裏部屋で父の残していったものを”発見”。H.P.ラヴクラフトの世界に魅了される


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屋根裏部屋で父の残していったものを”発見”し、父が本当に目指していたことを初めて知る

▶(1)からの続き:叔母夫婦の家のガレージの上にあった屋根裏部屋は、まるで「一族博物館」とでもいえる記憶と歴史が積み込まれていました。古家具や照明器具、壁紙のサンプル、置物に分けのわからないガラクタ、積み重ねられた幾つもの大小の箱、書類やアルバム帖、写真など。それはピルスベリー・フローズ一族が何世代にもわたってためこんできたもの、大事な遺品もあれば、その多くがとうに忘れられてしまったものでした。そうした場所は、雑貨店や隠れ家のように、小さな子供にとっては最高の遊び場となります。好奇心旺盛なスティーブンと兄が屋根裏部屋に潜入しないわけがありません。それに気づいた叔母はあまりいい顔はしませんでした。それは床板が抜け落ち危険な場所があったためでした。
ティーヴンが12歳か13歳(1959年か60年)の秋のことです。スティーブンは屋根裏部屋である興味深い箱を”発見”しました。それは父ドン・キングが残していった箱でした。箱の中には、商船乗務員心得の書類やら外国の新聞記事のスクラップブック、両親の結婚生活の思い出の品に加え、ぎっしりつまっていたのは「ペーパーバック」でした。すべてが1940年代半ば頃までに刊行されたものでした。スティーヴンはその本を1冊づつ取り出してみていると、少し違和感を感じだしました。母によれば父は商船乗務員として出掛ける時にはいつもウエスタンもののペーパーバックをポケットにつっこんでいったと言っていましたが、スティーブンが取り出した「ペーパーバック」には、ウエスタンものは僅かしかなかったのです。スティーブンは母に問いつめます。父ドン・キングが本当に好きだったのは、ウエスタンものではなく実際に箱の中に大量に入っていたもーSF(サイエンス・フィクション)とホラー小説ーなのではないかと。そして母はその事実をスティーブンに打ち明けたのでした。
ところが真実はそれでけではなく、父ドン・キングは、SFとホラー小説を読むのをたんに趣味にしていただけでなく、自分でもその手のものを書いていたというのです。1、2本だけでなく、何本も何本も書いて、当時メジャーだった「ブルーブック」誌や「アーゴシー」誌に投稿までしていたのです。スティーブンは驚きました。母によれば結局、作品は一つも売れなかったといいます。父はひとつのことをやりとげられる人じゃなかった、と母はスティーブンに告げたのでした。しかしこの事実は、スティーブンの「心の樹」に強い影響を与えていくのです。

伯父さんが語っていた口承伝説や幽霊話、土地の言い伝えがスティーブンの魂を涵養していた

屋根裏部屋で父の残された所持品の箱を見つけるまで、スティーブンが知っていたホラー話は、その年頃のアメリカの少年ならば誰もが知っている程度のものだけだったようです。ただ、クレイトン伯父さんが得意だったインディアンの口承伝説や幽霊話、土地の言い伝えなどは、少年たちをたんに刺激するだけのありきたりなホラー話とは異なり、少年スティーヴンの心の底にまで浸透し、父の秘密の箱が開けられるまでに、魂がゆっくり涵養(かんよう)されていたにちがいありません。また、そうだったればこそ、スティーヴンが父の所有していた本を手にとりそれを読んだ時に、その本のもつ世界がスティーヴンの魂を鷲掴みにしたのです。
このことは立派な本さえ子供に読ませていれば、立派になるとか、頭がよくなる、感受性が豊かになると単純に考えていることはできないということも暗に示しています。子供たちはそれぞれに自分なりに咀嚼して受け取るでしょうが、肝心要(かんじんかなめ)なことは、相応な”土壌”があり根が張っていないかぎりは吸収力はままならない、ということです。無論、このことは大人でもそうです。本は読み方がある、ともいわれますが、それ以前にそれを読む者が、どんな「マインド・ツリー(心の樹)」を生(は)やしているかが肝要で、好奇心の”芽”も”気づき”も、行動力すらも、「心の樹」の有り様を<鏡>のように「反映」させるのです。本の読み方(テクニック)など知らなくても、昔から文字を読めさえできれば子供たちは、独自に本を読みその子なりにどんどん吸収していったはずです。それは子供たちが丈夫な「心の樹」を生やしていたからこそできたし、またそれは今日においても同じことがいえるはずです。「心の樹」は、魂のあるところに必ず”生え”、魂の力によって自ずと成長していくからなのです。解剖学者の三木成夫は、「脳」は<植物的>起源をもっているとし、人間は<動物的要素>と<植物的要素>から成り立っているものであることを語りつづけてきました。その意味からして、「心の樹」は「脳」が生み出し成長を促していく不思議に満ちた直接は”見えることのできない”「樹」ともいえるのです。

H.P.ラヴクラフトの短編集ーコズミック・ホラーに魅せられる

ドン・キングが残していった本は、少年スティーブンの「心の樹」に予想もしなかった影響を与えることになります。当時ファンタジー・ホラー系の小説にかけては唯一の出版社といってもよかったエイヴォン社のパーパーバックの貴重なコレクションが揃っていただけでなく、最高のファンタジー・ホラーが編纂されたアンソロジー集『サンプラー』もありました。そしてスティーブンに決定的な影響を与えたのは、「クトゥルフ神話」を創始したH.P.ラヴクラフトの短編集でした。スティーブンの脳裏には今でも、その時に初めて目にしたH.P.ラヴクラフトの短編集のカバー・イラストが焼き付いているといいます。そのイラストは、地底へと続く洞穴を背景に、墓所の墓石の下から燃える目をした緑色のモンスターが這い出てくる奇怪な姿を描いたものでした。スティーブンはひとり屋根裏部屋に座り込んで、H.P.ラヴクラフトのコズミック・ホラー(宇宙的恐怖)の物語を陶然としながら読みすすめます。そしてそこには、魂の”真実”が真摯に描かれてあり、人を単に怖がらせようという次元のものでなく、人生をかけた大真面目なものだということを感得するのです。それまで読んでいたカール・カーマーやロイ・ロックウェルの少年小説は卒業しなくてはならないとすぐに直感したようです。そして土曜の午後になると町で上映されるB級ホラー映画(スティーブンがこっそり足を運ぶようになっていた)には絶対にない、宇宙の神秘や秘密をH.P.ラヴクラフトの本の中に嗅ぎ取ったのです。
H.P.ラヴクラフトを”発見”した少年スティーブンは、その日から2日間というもの、H.P.ラヴクラフトアブドゥル・アルハザード(『ネクロノミコン』の著者で、アラブ人と言われるが、じつはH.P.ラヴクラフトが5歳の時に読んだ『アラビアナン・ナイト(千夜一夜物語)』に魅了され後に自身が生み出した架空の人物。『ネクロノミコン』自体、H.P.ラヴクラフトが自著の中で創造した架空の書物である)の作品ーつまりはこれもH.P.ラヴクラフトの中に登場する本ーに心底のめりこみ打ちふるえながら耽読したのでした。ちなみにH.P.ラヴクラフトは、1890年米国ロードアイランド州生まれで、スティーブンが生まれる10年前に47歳で亡くなっています。H.P.ラヴクラフトは小さな頃、グリム童話ジュール・ヴェルヌサイエンス・フィクションアラビアン・ナイトなどを愛読し、8歳頃からエドガー・アラン・ポーを”発見”し、ロード・ダンセイニなどにも入れ込みはじめたといいます。バルザックプルースト、フローベル、ウォルター・デ・ラ・メアも好んで読んでいたといいます。生前にはただ1冊の書籍「インスマウスの影」だけが出版されているだけです。

”健全な精神”をもったグラマースクール教師の叔母に本を持ち去られる

ティーブンは、それらの貴重な本をすべて屋根裏部屋から運び出しました。それを見つけた叔母にスティーブンをたしなめられてしまいます。叔母はグラマースクールの教師で、”健全な精神”を抱いていたのです。スティーブンにそんな気味の悪い本は悪影響を及ぼすだけと、読むことにすら断固反対したのです。血相変えてつめよってきた叔母の形相にスティーブンは言葉を失ってしまいました。1、2週間たったところでスティーブンが本を見に行くと、貴重な本がそっくり消えてしまっていました。叔母のせいでした。叔母がすべて始末してしまったのです。しかし少年スティーブンは、あの強烈な読書体験を決して忘れることはありませんでした。スティーブンの「マインド・ツリー(心の樹)」は、これより「異次元の色彩」に満ちはじめ、その異次元の色彩はスティーブンがたどる道を照らし出してくれたのです。スティーブンは、H.P.ラヴクラフトの洗礼を受けた作家たちがいることに気づきます。彼らロバート・ブロック、クラーク・アシュトン・スミスロバート・E・ハワード、フランク・ベルナップらを”発見”し、そしてフリッツ・ライバーレイ・ブラッドベリらの作品を読みすすめていくことになるのです。▶(3)に続く-未・予定