ルイス・キャロルの「Mind Tree」(3)-「マイクロ写真」を見たアリス
リデル3姉妹との出会い
▶(2)の続き:学士号を取得したチャールズ・ドジソン23歳の時(1855年)、亡くなったクライスト・チャーチの学寮長の後任に、新しい学寮長ヘンリー・ジョージ・リデルが任命されやってきます。リデルは有名なギリシア語の辞書の著者でした。ドジソンはリデル学寮長と知り合いになります。そのリデル学寮長の3姉妹が、『不思議の国のアリス』誕生のきっかけとなり、チャールズ・ドジソンも「ルイス・キャロル」として世界中に広く名前を知られることになっていくわけです。チャールズが3人姉妹と友達になったのは、ロリーナ8歳、アリス6歳、イーディス4歳の時で、リデル学寮長と知り合ってから4年目のことでした。その頃3人の家庭教師ミス・プリケットが3人姉妹を連れてチャールズの家を訪ねてくるようになったり、チャールズも学寮長の家をしばしば訪ねていました。チャールズと3姉妹は急速に仲良くなっていました。リデル学寮長と知り合った年だったならば、まだアリスは2歳、イーディスは誕生したばかり、チャールズも赤ちゃんには得意のお話はできなかったでしょうし、チャールズの心を打つような可愛らしさもなかったでしょうから、天の采配のような出会いでした。
チャールズの「マインド・ツリー(心の樹)」からすれば、その頃には、写真撮影を通じてかなり多くの子供たちと知り合いになり、鬱々とした気分も晴れ、心の枝葉が陽光を受けとめするすると四方に伸びていった頃でした。3姉妹もそうしたチャールズの心の声を木霊(こだま)させることが叶う、幾人かの眩しい「鏡」のような存在の一葉でした。その一葉をつけた枝葉が、知らず知らずのうちにチャールズの心根の大切な「幹」に育っていくとはチャールズ自身も知り得ないことでした。
『不思議の国のアリス』の誕生。「マイクロ写真」を見ながらのお話し
チャールズは3姉妹とオックスフォード近郊の川辺のピクニックに出掛ける時は、いつも気のあう同僚のロビンソン・ダックワースに声をかけていました。ダックワースは素晴らしい美声の持ち主で、歌を歌って子供たちを楽しませることができたのです。その日の目的地は、上流のゴッドストウで、5人はたっぷりピクニックを楽しみます。さて、一般的には『不思議の国のアリス』の誕生は、この時のピクニックと川下りをしている時に、チャールズが子供たちを楽しませるために語ったお話で、アリスがその日のお別れの時に振り向いて「ドジソンおじさん。私のためにアリスの冒険を書いてほしいわ」といったのが契機となり、その日に語った物語を紙に書き留めてまとめたもの、というのがおおよその経緯になっています。
ところが、少し事実は込み入っているのです。上流のゴッドストウまではかなりの遠出の川上りで、クライスト・チャーチにまで下ってきた時には、すっかり暗くなっていたといいます(英国は日本よりも日が長いがそれでも夜の8時半になっていた。物語では良い天気になっていますが実際は途中少し雨が降る程、天気は悪かった)。
チャールズは子供たちとダックワースをチャールズの家に連れていきます。「あるもの」を3姉妹に見せるためでした。それは覗くと写真映像が大きく浮かびあがってみえる「マイクロ写真」でした。望遠拡大透視装置の中に写真が仕掛けてあったので、覗き込むと小さなリアルな世界が目の前に大きく浮かびあがってくる感じです。この感覚は3姉妹にとっては初めてだったにちがいありません。そして3姉妹が”びっくり映像”を交互に覗いている間に、チャールズは『不思議の国のアリス』の原形の「アリスの地下の冒険」のお話しを語ってきかせたようです。子供たちにとって夜も遅く、30分程の間だったので、実際にどれほど語られたかはわかりません。が、3姉妹にとって、いつもとまるで異なる感覚でチャールズが語るお話を受け取ったにちがいありません。
「もう一つの世界」を共有する
『不思議の国のアリス』の冒頭、何が書かれてあったかすぐに思い出してみましょう。主人公アリスが白ウサギを追いかけているうちに穴に落ちてしまいます。そこに小さな扉があって、別の世界の入口になっていますが、アリスの大きな体ではその扉をくぐることができません。アリスは机の上にあったドリンクを思い切ってが飲みます。すると、するするとアリスの体が小さくなり、小さな扉をくずってもう一つの世界に入り込むことができて.....という冒頭の展開です。
チャールズがアリスに見せた「マイクロ写真」も見ているものサイズを極端に変換します。そして見る者は、そこに「もう一つの別の世界」があることに気づかされ驚きます。もしその「別世界」に入り込んでしまったら。子供たちはいつも以上に興奮しワクワクしたはずです。しかも自分の体は年々大きくなっていっている時に、逆に小さくなって、動物たちと同じ世界に入り込んでしまうわけですから。
チャールズが3姉妹を学寮長宅に送り届けた時でした。アリスが振り向いて「ドジソンおじさん。私のためにアリスの冒険を書いてほしいわ」とチャールズに言いました。アリスは想像力のある子だったにちがいありません。「もう一つの世界」でいつでも遊べるように物語を書きとめて欲しいと願ったのです。
なぜ物語が自然に生まれでていったか
チャールズは『不思議の国のアリス』を書いている時、主人公の女の子(アリス)をウサギの穴に落としこんでからは、物語がまるで樹木が自然にどんどん成長していくように着想が生まれ出ていったと語っています。「自然にどんどん成長していくように着想が生まれ出る」時は、間違いなく自身の「マインド・ツリー(心の樹)」のままに、それを映し取っていくように「書いたり」「描いたり」しているはずです。
少年の頃、チャールズは牧師館の庭にあるアカシアの木の下で寝そべって書きものをしていたこと。木登りをしたり原野のあちこちにある土採取場で泥いじりして遊んだこと(ウサギの穴も見つけていたかもしれません)。牧師館の庭には果樹や珍しい花で溢れていたこと。この自然環境は、『不思議の国のアリス』や『鏡の国のアリス』の物語の背景として描きこまれます。そして恐らく、主人公の少女アリスの姿は、自分自身の中にある<魂の姿>だったにちがいありません。その<魂の姿>が、「ルイス・キャロル」になります。
◉同僚ロビンソン・ダックワースについて◉『不思議の国のアリス』に一緒に川下りを楽しんだ同僚ダックワースも登場します。しかし人間としてではありません。「ダック」(あひる)として登場します。ダックワースの名前からとってネーミングです。2年後、『不思議の国のアリス』ができあがって、出版したらどうかという話が持ち上がっていた時、このダックワースが挿絵をジョン・テニエルに依頼したらどうかと提案しています。後にロビンソン・ダックワースは、なんと女王付きの牧師になります。
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