ジェイムズ・キャメロンの「Mind Tree」(3)- 海洋生物学から物理学へ、ついで英文学に専攻を変える。22歳、ウエイトレスに熱をあげ結婚。トラック運転手に


15歳の時、キャメロンが17回も観た「2001年宇宙の旅」のシーンより

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カレッジで海洋生物学を専攻。ついで物理学へシフトするも断念

▶(2)からの続き:キャメロンはフラートンカレッジで海洋生物学を専攻し1年勉強しています。けれども海洋生物学では卒業後、就職先を見つけることはかなり困難だということが分かり、2年目からは物理学に専攻を切り換えています。この物理学も、SF好きだったキャメロンの関心に応えてくれる分野でした(と、同時に物理学は父が通った途でもありました)。過去や未来、外宇宙や宇宙の成り立ち、目に見えない世界、世界の構造など、キャメロンの関心領域は果てなくあったのです。
ところが相対性理論素粒子など、概念的な理解はできても微積分など数学が不十分とあっては土台、この世界で有意義なことができるようになるとはおもえなくなります。ある伝記に記されているようにこのカレッジでも「オレは自分がやるなら、何でも一番じゃなきゃイヤだったんだ」と実際思ったかどうかは別として、数学の土台がないままでは物理学をものにすることはできないと、こちらも1年で断念することを決断します。
キャメロンが少年の頃から自分が選んで取り組むものはすべて深く理解したい(できればトップレベルで)という鋼(はがね)のような意志は、ここでも健在でした。後にキャメロンの「マインド・ツリー」の”幹と枝”は、まるで「ターミネーター」のボディーを形成する”鋼鉄”と化していきますが、人生のこの時点では、意志だけがギラつき実際には惑うばかりでした。キャメロン自身、この頃は混乱しっぱなしで、分けのわからない時期だったと後に語っています。「科学者になりたいか、アーティスチになりたいのかわからなかったんだ。性格はアーティスト向きだったけどね」と。
キャメロンが通っていた大学のある町フラートンには、熱烈なファンだったSF作家のフィリップ・K・ディックが住んでいました。キャメロンは自分が立派になってから、ぜひ訪ねてみたい、話しをしてみたいと思っていたといいます。意味もなく訪ねて行って尊敬する人を悩ませることはしたくなかったと。しかし、10年余後の1982年に、フィリップ・K・ディックは亡くなり、キャメロンが訪問することは永遠になくなってしまいました。

再び、英文学に専攻を変える。22歳、ウエイトレスの女性に熱をあげ結婚。トラック運転手になる

キャメロンは物理学から、180度変更し、英文学に専攻を変えました。向うべき方向を再設定したとおもった頃、キャメロン(22歳の時)はウエイトレスをしていたサラに熱をあげます。キャメロンの中で、まだとっかかりもみえてなかった英文学への関心よりもとっかかりがみえたサラへの関心の方が一大関心事になっていきました。勉強の方は立ち往生、もはや身がはいりません。それはキャメロンの性格でもあります。最高に関心をもったものに全精力を傾けるのがキャメロンです。2人は、結婚します。キャメロンは大学を中退し、2人は小さな家に移り住みます。しかし2人で食べていかなくてはなりません。キャメロンは地元オレンジ郡でトラック運転手をしはじめました。映画の方は気持ちの中ではしばらく凍結といった状況でした。

映画『スター・ウォーズ』を観て、自分自身に腹を立てる

結婚した翌年(1977年)の事でした。今年もトラック運転手をして生計を立てざるをえないと考えていた時、キャメロンの「マインド・ツリー(心の樹)」を地底から揺るがす大きな出来事がありました。それは映画史に残る重要な出来事でもありました。ジョージ・ルーカスの映画『スター・ウォーズ』が封切られたのです。キャメロンは早速『スター・ウォーズ』を観ました。一撃をくらいました。映画『2001年宇宙の旅』以来の衝撃でした。そして腹が立ちました。映画ではなく自分自身に対して。なぜならまさにキャメロン自身が潜在意識のなかで長年つくりたいとおもっていたような映画だったからでした。「映画が自分に何かを訴えている」そんな気がしたといいます。そしてキャメロンはトラックの運転席で堅く決心します。「やり始めようと」。キャメロンはその日にトラック運転手を辞めます(会社には少なくとも2週間はやってもらわねば困ると告げられましたが)。

南カリフォルニアの図書館で映画資料を読みまくる

信念をえたらすぐに行動に起こす。それがキャメロンです。結果などすぐにでるものではありません。しかしいったん火が点いたら他の物事をのんびりやるわけにはいかないのです。キャメロンの身体を貫きスピリットに接続(つ)ながっている”導火線”に火が点いてしまったのですから。翌日からキャメロンは南カリフォルニアの図書館に通いつめ映画に関するあらゆる書籍や資料を手当たり次第に読みまくります。他の映画を観る必要はキャメロンにはありませんでした。カリフォルニアに来て、カナダで一心不乱に映画関係の本を読んでいた時のことを思い出しました。
映画学校に入ることはなかったキャメロンは、カナダでならやっていたことを放り出してしまっていたことを思い知らされます。南カリフォルニアの図書館には、映画技術の歴史本だけでなく、ここ数年で新しく開発された撮影技術やプリンティングについて書かれたいろんな資料や書籍があったのです。オプチカル・プリンティングやフトント・リアー・プロジェクションなどに関する論文などもそれを求める者さえいれば誰の目にもとまるようにあったのです。キャメロンは我に帰ったように突進しはじめます。妻サラにとっては夫は気が狂ったんじゃないかとおもわれるほどの変貌でした。キャメロンにとっては変貌でもなんでもなく、少年時代に育まれていた「心の樹」が内側から打ち破るように成長しはじめただけのことでした。▶(4)に続く-未